獣医学部 獣医学科 講師 奥田 ゆう
獣医学部 獣医学科 講師 陸 拾七
獣医学部 獣医学科 教授 鍬田 龍星
獣医学部 獣医学科 講師 井上 陽一
獣医学部 獣医学科 助教 太田 奈保美
獣医学部 獣医学科 講師 久楽 賢治
モンゴル国は畜産大国であり、他国ではみられない固有の特性を持つ在来家畜も多数飼育されている。しかし資本主義への国家システムの変更後、畜産産業は集約化・効率化が進んでいる一方で、この弊害として防疫体制の弱体化や、家畜の急速な増加、生産性の低下、さらに将来に向けた貴重な遺伝資源である在来家畜の減少が問題になっている。本研究は、モンゴル生命科学大学(MULS)と本校による継続的な家畜生産性向上プログラムの構築を最終的な目的とし、その前段として、異なる専門分野の本学教員とMULS教員との共通研究課題の策定とその実施基盤の構築を目標とする。これに加えて本プロジェクトに両校の学生を参加させることにより、継続的な両校間の交流を促し、国際的人材の育成の礎石とする。
現在、両校の共同研究のための基盤が形成されつつある。本研究の成果は、モンゴルの主要産業の畜産業において重要な課題である感染症予防体制確立のための基礎的データとなることが期待され、今後のモンゴルにおける家畜防疫体制の構築に大きく貢献する。さらに、在来家畜の遺伝的特性が明かされることで、モンゴルの環境に適応した家畜動物の育種にも貢献することが期待される。
①本研究の背景と着想に至った経緯
MULSと本校獣医学部は2018年に教育・研究交流協定を締結し、2022年研究者ら3名が学部事業として先方を訪問、双方の教育・研究についての意見交換を行った。2023年にはMULSの教員3名が本学獣医学部に来訪し、共同研究を実施した。2024年には2回、研究者らとMULS教員で在来馬のサンプリングを実施し、MULSで実験を行った。また、メンバーの陸拾七は、5年前からSATREPSプロジェクトでMULSと共同研究を行っている。現在、両校の共同研究のための人的ネットワークの基盤が形成されつつある段階にあり、また、両校教員間に共同研究のニーズがあることを相互に確認している。本事業によって共同研究をさらに推進することは、モンゴルの家畜生産性向上を通してモンゴル国の経済的発展と生活向上に貢献し、また両校教員間のみならず、将来的には学生間の交流を促し、当校の校是でもある国際的に活躍できる人材の育成に資するものと考えるに至った。
②本研究の目的と研究期間内の目標
モンゴル国は7000万頭の家畜を抱える畜産大国であり、他国では見られない固有の特性を持つ在来家畜も多数飼育されている。しかし1990年の社会主義から資本主義への国家システムの変更後、集約化・効率化が進んでいる。一方でこの弊害として防疫体制の弱体化に伴う疾病発生率の増加や、ヤギ・ヒツジの急速な増頭や生態システムの悪化等による生産性の低下、さらに将来に向けた貴重な動物遺伝資源である在来家畜の減少が問題になっている。本研究は、両校による継続的な家畜生産性向上プログラムの構築を最終的な目的とし、その前段として、異なる専門分野の本学教員とMULS教員との共通研究課題の策定とその実施基盤の構築を研究期間内の目標とする。これに加えて本プロジェクトに両校の学生を参加させることにより、継続的な両校間の交流を促し、国際的人材の育成の礎石とする。本事業では以下の3課題を実施予定であり、それぞれ日本側、モンゴル側教員数名が参画する。
1.モンゴル在来家畜の免疫遺伝学的特性とウイルス感染症に関する研究
主要組織適合性複合体(MHC)分子は抗原特異的な免疫応答の誘導において中心的な役割を担うタンパク質であり、様々な動物種において高度な多型性を有している。ウシやニワトリでは特定のMHC多型が牛伝染性リンパ腫やマレック病に対する抵抗性と関連することが報告され、家畜の生産性低下につながる感染症の制御に役立てられている。本研究ではウマおよびウシのMHC多型解析を行い、モンゴル在来家畜の免疫学的多様性を明らかにするとともに、致死性疾患の馬伝染性貧血、牛伝染性リンパ腫、流死産の原因となる馬ヘルペスウイルスのサーベイランスを行い、モンゴル在来家畜におけるリスクを評価する。さらに、MHC 多型とこれらウイルスに対する感受性の違いを調査することで、家畜の生産性向上に寄与する知見を収集する。
2.モンゴル在来家畜固有の形態および遺伝学的特性とその家畜生産性向上への応用
モンゴルでは多くの在来家畜が飼育されているがその多様性は極めて高く、中でもウマは8種以上の固有の在来馬品種が存在し、アジアの家畜ウマ全体の多様性にも大きな影響を与えている。そのため、モンゴル在来馬の形態学的および遺伝学的特性を比較解析することは、アジアの在来馬および他の在来家畜の多様性を解明する上で重要である。すでに一部の在来馬の品種においては詳細な体側値データをモンゴル側の協力により得ており、本研究では継続して外部形態の計測を行い、モンゴル在来馬の形態学的特徴を明らかにする。さらにMULSの附属病院の獣医療用CTを用いて頭骨内部微細形態のデータ化を行うことで、各在来馬品種の詳細な形態学的特徴が解析されることが期待できる。また、本研究では、ミトコンドリアDNAやY染色体の一塩基多型(SNPs)を用いて遺伝的多様性および品種間での差異の解明を試みる。さらに、体型に関わる遺伝子、在来馬の特徴的な歩様や距離特性などに関わる遺伝子について調べるともに、特異的な毛色で皮膚癌の発生にも関与する遺伝子を新たに同定することを計画している。これらにより、固有の特性を持ったモンゴル在来馬の維持保存と生産性向上に貢献することを目指す。
3.家畜由来の人畜共通感染症および細菌・寄生虫感染症の研究
モンゴルにおける遊牧生活は、人間の健康管理や獣医療サービス、清潔な水や衛生設備へのアクセスなど都市インフラから遠く離れた場所で営まれることが多いため、狂犬病やダニ媒介性脳炎など、様々な人獣共通感染症の存在が示唆されている。本研究では、遊牧地帯の動物の血液や乳汁、糞尿、疾病媒介動物について、その病原体保有状況を調査することで疫学的な感染状況や感染リスクを明らかにし、予防と制御に資する知見を収集する。また、モンゴルの家畜における腸内細菌叢の調査および薬剤耐性菌の保有状況の調査にも取り組む。現在モンゴルでは従来の放牧形態から集約的な飼育形態による家畜生産に移行しつつあり、集約的な飼育形態では抗生物質が多用される可能性がある。薬剤耐性菌の出現、拡散は家畜だけでなく人間の健康にも重大な影響を与える可能性が危惧され、現在のモンゴルの家畜集団における病原体や薬剤耐性菌の保有状況の調査はワンヘルスの観点からも重要な課題である。