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    (2020年度 山口)

岡山理科大学プロジェクト研究推進事業
(2020年度 山口)

スポーツの活用による地域社会の持続可能なビジネスモデルとイノベーションの理論的・実証的研究

 研究代表者

 経営学部 経営学科 教授 山口 隆久

 研究メンバー

 経営学部 経営学科 教授 村松 潤一
 経営学部 経営学科 教授 宮脇 靖典
 経営学部 経営学科 教授 大籔 亮
 経営学部 経営学科 講師 張 婧

 研究目的 

①背景と経緯(ここから)
 本研究の目的はスポーツの、活用による地域社会のイノベーションの類型化を図り、新しい持続可能なビジネスモデルを構築することである。
 今から十数年前、企業を取り巻く環境や、企業戦略の在り方も変化し、短期的な自己利益追求型の経営システムは、環境破壊や労働格差など社会問題を生み出し、中長期的に企業に負の影響を与え始めてきた。また、1970年代以降に導入された社会貢献を強調するCSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)の考え方から、社会的課題(社会価値)の解決と経済的利益(企業価値)の両立を図ろうという考え方がCSV(共有価値創造:Creating Shared Value)として示された。
 このCSV戦略は、ハーバード大学教授のMichael Porterが2011年に提唱しており、社会的な課題を解決する新しい商品やサービスを生み出すことにより社会価値と企業価値創造の両立を図ることで利益を生みだそうとするものである。また、このアプローチでは、両立を実現する必要があるため、純粋に新しい商品・サービスを生み出し社会的な課題に対応するだけでなく、新しい市場を開拓したり、市場を拡大したりすることによって、企業は自らの企業価値を創造する必要がある(Porter, M. E. and M. R. Kramer 2011)。現在でも、CSV経営は進化しており、グローバル企業を中心とした大企業にとっては多様化した概念として捉えられている。
 そして、ここ数年、企業に大きな変化が起きている。投資先を選択する際に企業の価値を評価する材料のひとつとしてESG(環境(Environment)・社会貢献(Social)・ガバナンス(Governance))指標の導入、および国連が提唱したSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)の考え方の導入である。SDGsの根底にあるのは、投資家が投資をする際に財務指標だけでなく、当該企業が環境や社会的責任を果たしているかについても判断基準とすべきであるという考え方である。
 それは、企業を経済的動機による社会的課題の解決に導こうとするものである。つまり、SDGsは、CSVという、あくまでもミクロ的な企業側の視点に立った戦略構築の考え方を広くマクロ的な視野に立ち国際社会共通の戦略目標として掲げたものといえる。
 特に、SDGsが2015年に国連で採択されて以来、地球環境と地域社会の持続可能性と、企業の収益性やブランド価値の向上をどのようにバランスしていくかが企業の重要課題となっている。SDGsは「事業を通じて社会課題を解決する」のがポイントであることから、社会問題を解決しつつ、ビジネスとしても成り立つことが前提となり、そこに従来のCSRとSDGsの違いがある。
 一方、企業数の99%を占め、雇用も約7割を占めるなどわが国の地域社会を支えている中小企業においては、社会貢献活動を行う余裕がないのが実情で、CSRやSDGsを本業以外の社会貢献活動と理解し、売上増につながらないコストと捉えていることから、取り組む必要はないとの意見も多い。昨年末現在で、中小企業のSDGs認知度は15.8%(2019年度関東経済産業局調べ)とかなり低い。この数字は、グローバルな視点でのビジョンがある企業が少なく、自社に関連することとして捉えられにくいという点があげられる。グローバルに活動する大企業にあって、それを推進することは比較的容易かもしれないが、中小企業にとっては、具体的なイメージが浮かんでこない。CSR同様、SDGs導入は中小企業にとっては対応が難しい戦略といえるが、SDGsが地球環境とともに地域社会の持続可能性を企業の重要課題として投げかけている以上、その導入は地域社会を支える中小企業にとっても避けられない。
 このような中で、近年、企業がSDGsに取り組むことで経営的なメリットがあることが、スポーツの世界で理解されるようになってきている。スポーツ市場の動向は、主に以下の5つにまとめることができる。

1)グローバル化とテクノロジー化という流れの中で、スポーツコンテンツの価値が大きく向上している。
2)企業側にとって、スポーツを活用したビジネスは、従来の広告宣伝塔としての役割に加え、ここ数年、企業の経営課題解決手段としても改めて注目を浴びるようになった。つまり、スポーツを通じて企業が社会に価値を共創していく段階で、事業成長につなげる動きが強まっている。
3)スポーツ×IT・テクノロジーにより、双方の事業価値を高める機会が増大していること。スポーツがIT・テクノロジーの活用により価値を高めるのみならず、IT企業もスポーツをソリューションインフラ導入として活用している。
4)スポーツビジネス自体の成長ポテンシャルへの注目がある。スポーツを活用したビジネスで収益を上げる企業や、IT企業など異業種から優秀な経営人材が参入する事例が増えた事で、スポーツと企業の関係性が変化している。
5)スポーツが持つ力は「教育」「健康」「福祉」「経済」「食」「平和」「平等」「技術革新」など色々な場面で活用しやすいことから、SDGsの17項目それぞれの達成に向けた課題に取り組む潜在的能力を備えた重要かつ強力なツールとして,スポーツがその役割を果たすことが期待されている。

 SDGsの中で、「持続可能な開発のための2030アジェンダ宣言」が取り上げられ、その中でスポーツは、様々な形で持続可能性やCSV経営に寄与すると着目されている。日本においては、初のSDGs五輪を始めとするメガスポーツイベントに向け、スポーツとサステナビリティをテーマに、行政・自治体・スポーツ団体の取り組みが本格化している。
 このようにスポーツが着目される理由は、経済合理性とは別次元の、挑戦・達成・感動といった『人間的な価値』が、人やコミュニティの関心と求心力、イノベーションにつながるからだ。こうしたスポーツの持つ価値が、社会的な共創を生み出す上で、大きな役割を果たしていると考えられる。またスポーツ行政においても、スポーツの事業価値を高めるだけでなく、スポーツに関連した新事業の創出にも力を入れている昨今、スポーツ×IT・テクノロジーをキーに、幅広い産業の市場創造と社会課題貢献に貢献している。
 味の素㈱やサントリー㈱、パナソニック㈱など日本を代表するグローバル企業は、五輪パートナーの取り組みを始め、様々な目的でスポーツを活用している。それらの活用戦略を目的別に見ていくと、大きく「ビジネス・市場開拓」「ブランド構築」「商品サービスの売上拡大」「従業員のエンパワーメント」「ステークホルダーとの関係構築(エンゲージメント)」の5つに整理でき、企業の目的に応じて様々な施策が展開されている。
 そこで本研究では、最近、注目されるようになってきたスポーツビジネスに焦点を置き、持続可能な地域社会のイノベーションを担う中小企業が取り組むべきビジネスモデルを構築するものとする。
 CSRやSDGsなどに積極的でなかった地域社会を支える中小企業が、スポーツを活用した新市場の創出により、社会的課題(社会価値)の解決と経済的利益(企業価値)の両方の獲得が可能となる3つの重要な課題、①事業収益の向上、②企業イメージの向上、③社会資本形成と市場創造、に貢献できるようスポーツを活用した地域社会のイノベーションを類型化する。さらに、ブランド価値への寄与など、無形資産形成を含めた投資対効果を実務的に評価するための尺度作りも含めて、新しい持続可能なビジネスモデルの萌芽を理論的に説明できるモデルを構築することを主たる研究目的とする。
 したがって、この研究は、マーケティング研究および実務における課題にアプローチするものとなる。

②研究期間内の目標
 そこで、これまでの研究や調査を踏まえ、4つの課題を設定し、研究期間内の具体的目標とする。

課題1: 地域社会におけるスポーツの分野でのイノベーションの源泉を明らかにする。
 企業経営において一般的に分類されているのは、「プロダクト・イノベーション」(画期的な製品や新市場の創出)と「プロセス・イノベーション」(生産流通システムや業務プロセスの革新)である(網倉・新宅 2011)。戦後日本の様々な産業でも、この二つが並行して起こっている。日本のスポーツ市場は今、大きな変革期を迎えている。東京五輪開催を控えてスポーツ熱が高まるなか、政府がスポーツの普及による国民の健康促進の支援を強化しており、時を同じくして、スマートフォンをはじめとする最新テクノロジーが各種スポーツに導入され始めている。現在、スポーツビジネスの世界でさまざまなイノベーションが起きている。IT・テクノロジー企業などによる新規参入は引きを切らない。過去のイノベーションがどのように起こったのか、新しい革新がどのような背景から生起して産業構造を変えたのかを分析する。

課題2: 持続可能なスポーツビジネスが競争優位性をもたらすことを実証する。
 企業の環境投資・社会貢献・ガバナンスのEGS投資は、とりわけ中小企業においては競争優位に結びつかないと信じられてきた(Kotler 2007)。しかし、地域や自治体と密着して実施できるというメリットがある地域社会でのスポーツ市場においては、地域社会を支える中小企業だからこそ、倫理的価値観に基づいた企業組織(持続可能なビジネスモデル)が競争優位性をもたらすことは実証できると考える。すでに海外では、長期的にESGの視点を取り入れた小規模事業者が高い収益性を生み出すメカニズムを持っていることが実証されている(Eurosif 2014,小方2016)。具体的な事例として、ESGが収益性と高い相関を示している「持続可能性→競争優位・高収益仮説」を日本のCSRデータベースから明らかにする。

課題3: 地域社会を支える中小企業でもスポーツの価値創造が可能なメカニズムを解明,モデル化する。
 スポーツ分野の実証研究(松岡 2018)によれば、『する・みる・支える』というスポーツを取り巻く3つの要素は、いずれもより良い体験を提供することでお金を生み出すとされている。多くの参加者が、ワークショップやフィールドワークを通じて改めて感じ、これからのスポーツビジネスにおいても、今までにない体験を創っていくことが、成功のカギになる(原田 2017)。1人の人間や1つの企業だけで新しいビジネスを創ることは難しいが、地域社会を巻き込んで取り組むとできることは増える。企業が中心となり、スポーツに携わりたい、という共通のパッションを持った人々が集まり、この中から新たなスポーツの価値創造を生み出すメカニズムをモデル化できると考える。

課題4: スポーツと地域社会の持続可能なビジネスモデルの構築とイノベーション創出の実証研究の成果を日本のアカデミズムや実務界に紹介する。
 海外の研究では、サステナビリティの事業概念がスポーツ市場において新しいイノベーションを誘発した事例が多数紹介されている(King et al. 2014)。理論研究とその中心概念を日本の学界と政策担当者に紹介する。実務者に向けては、事業展開に使える資料を収集して提供する。この目的を遂行するために、おかやま地域発展協議体の組織である,スポーツを生かした岡山のまちづくりを考える「おかやまスポーツプロモーション(SPOC)研究会」と連携し、そのプラットフォームを研究活動に活用する。

 以上の4つである。理論研究をレビューするとともに、グローバル企業や大手企業の革新的な取り組みについては、国内外の企業をフィールド調査する。また、スポーツビジネスを対象とした実証研究では、日本最大の消費者調査=「日本版顧客満足度指数」のCSR データベースを有効活用するものとする。

③特色および独創性
 本研究では、スポーツを専門としてこなかったマーケティングや経営戦略、イノベーション、社会心理学を専門とする研究者が、スポーツマネジメント論がカバーしてこなかった領域を開拓することにチャレンジする。(1)研究対象とコンテンツの新規性、(2)理論構築と方法論的な独自性、に分けて説明する。

(1) 研究対象と内容の新規性
 本研究では、様々な産業や分野の企業を研究対象としてきた研究者らが、地域社会を支える中小企業を研究対象として、スポーツビジネスにおける社会的課題(社会価値)の解決と経済的利益(企業価値)の両方の獲得に関する研究を行うことで研究の新規性を出す。
 大手企業によるCSRは、所謂社会貢献活動であり、余裕があるから行う活動である。一方、CSVは、活動ではなく社業や戦略そのものといったイメージが強いが、CSRとCSVの明確な違いは、どこにあるのか、は常に議題に上るテーマである。
 CSVの欧米での議論は非常に分かりやすく、事業利益をあげているかどうかが一つの評価基準になっている(玄場 2017)。しかし、現在のCSVは、CSRも含んだ議論に広がっており、利益が最優先ではなく、持続可能性を考慮した仕組み作りを考えることで、CSVはより広義な概念として捉えられている(阪 2019)。例えばパナソニック㈱でも、実業団スポーツからプロチーム協賛、スポーツイベント協賛、スポーツ関連事業など非常に幅広い。パナソニック㈱の深田氏によれば、利益を上げると同時に、社会貢献を行うことの重要性を説かれたのがCSRの時代。それが近年では,企業の目的は企業価値を高め経済的利益をあげることだと説かれている。例えば、スタジアム映像などのソリューション事業で2,000億円の収益を見込んでいる。松下幸之助氏が以前から、社会貢献は事業戦略だと明言していたが、今後はこうしたCSVの考え方がより重要になると考える。 
 このように、企業がSDGsに取り組むことで経営的なメリットが生まれていることが、スポーツの世界でも理解されるようになった。ニュースに取り上げられ、スポーツに関心のない方もチームのファンになってくれるなど、SDGsへの取り組みや社会的責任活動はマーケティングとしても機能するメリットがある。そうした評価が、トップからSDGsや社会的責任活動に取り組んでいこうとする動きにつながっている。
 また、日本企業のSDGsの取り組みはグローバル企業や大手企業が牽引している状況がありつつも、中小企業がより実利的な側面からSDGsに取り組む意味やメリットは、SDGsに取り組む企業とのビジネスチャンスである。今後は、これらの企業がコミットを強めるプロセスの中で、取引先となる中小企業に対しても同種のコミットを期待する流れが生まれていくことと思われる。日本ではこの分野のマーケティング、戦略研究が極めて少ない。その空白を埋めることも、本研究の狙いの一つである。

(2)持続可能なスポーツビジネスモデルの実証
 CSV活動の価値測定は非常に難しく、完璧なものはない。CSV戦略の先駆者である(株)積水ハウスでも。実際に3種類ほどの尺度を用いているが、どれも説得力に欠けている。従って、いかに社会課題の本質に向き合えるかが重要だと考える。企業(経済)価値に関しては、事業活動として売上・利益を見る事は分かり易く、コーポレートブランド価値としては、広告費換算での指標を用いる。社員のモチベーションという面では、「スポーツイベントの実施や協賛していることを誇りに思うかどうか」という指標を用いる。最も難しいのは、社会価値の部分であるが、大手企業へのヒアリングにより、最適な効果測定手法を見つけていきたい。これらから、最終的には、CSVの効果測定も行なっていく。社会資本の形成が、どういう市場を作り、どう企業に還元されていくかを評価する指標を作成していく必要がある。
 例えば障害スポーツ活動に対する投資など、社会的な意義やレガシー形成の効果などを説明したり、正当化する上で、見えない価値を測定していく作業も必要であると感じている。これらを手掛かりに、スポーツの活用による地域社会の持続可能なビジネスモデルの研究に挑戦する。

④協働効果
 わが国は、スポーツ振興を国家戦略として位置付けた「スポーツ基本法」を施行し、文科省主導で「スポーツ庁」の創設や国内でスポーツ振興を「スポーツ立国戦略」といった国家戦略として位置付けている。また、2016年には、「成長戦略」として「スポーツの成長産業化」を柱に据え,スポーツ施設を地域経済の中核としていくといった方針を打ち出している。このように政府は積極的なスポーツ観光の推進や、インバウンド需要の増加を目指しており,スポーツはもはや国家戦略の重要なコンテンツとなっている。
 さらに一歩踏み込んで、地域経済の柱とするべく「スポーツ資源を活用した収益事業の活性化」が求められてきている。要するにスポーツは地域にとって単なる「コスト」であり、年々増加する諸悪の根源といった立場から、自治体が稼ぐための重要な「ツール」になったと考えられる。
 これらスポーツを活用したテーマとして地域振興やスポーツ立国戦略といった国家構想などに伴って、新潟市や新潟県十日町、さいたま市、北海道北広島市、鳥栖市など、また、県レベルでも東京・宮城・佐賀・沖縄などが主としてスポーツを活用したテーマとした地域振興に着手し始め、成果を上げている地域も出てきている。
 このような状況の中で、経営学部経営学科では、令和4年4月のスポーツマネジメントコース(仮称)の設立を視野に入れて、各方面で動きはじめている。本研究では、ファジアーノや湯郷Belle(サッカー)、岡山シーガルズ(女子バレー)、岡山リベッツ(男子卓球)、トライフープ岡山(男子バスケット)など他地域に比べ圧倒的に数多くのプロスポーツが存在する岡山を研究題材に、岡山経済同友会、岡山商工会議所、岡山大学、山陽新聞社、中国銀行など複数の団体で構成された「おかやまスポーツプロモーション(SPOC)研究会」との協働を図ることで、産官学金一体となった研究効果が期待できる。
 以上から,スポーツの活用による地域社会のイノベーションの類型化を図り,新しい持続可能なビジネスモデルの構築に挑戦することは,地域にとっても,本学にとっても大変重要であり,社会的要請の強い研究課題であると考える。

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