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    (2022年度 渡辺)

岡山理科大学プロジェクト研究推進事業
(2022年度 渡辺)

非侵襲的手法を用いたコウモリ保有病原体叢の解明

 研究代表者

 獣医学部 獣医学科  准教授  渡辺 俊平

 研究メンバー

 獣医学部 獣医学科 准教授  鍬田 龍星
 理学部 動物学科 講師 中本 敦

 研究目的 

①研究の背景と目的

 哺乳類に感染するコロナウイルスは、主にαまたはβコロナウイルス亜科に分類されるウイルスである。2000年代以前には、ヒトに風邪を引き起こす僅かなウイルスを除けば、コロナウイルスは家畜や伴侶動物等の動物にのみ病気を引き起こすウイルスグループであると考えられてきた。その後2003年に中国において重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生し、2012年には中東において中東呼吸器症候群(MERS)、2019年には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が続いて発生して、ヒトに重篤な呼吸器疾患を引き起こすウイルスが存在するとわかった(原因ウイルスはそれぞれSARS-CoVMERS-CoVSARS-CoV-2。全てβコロナウイルス亜科)。

 SARSの発生後、発生地域周辺で野生動物の疫学調査が行われた結果、SARS-CoVに極めて近縁なウイルス種群、SARS related CoVsの遺伝子が中国や香港のコウモリで発見された。その後、世界中のコウモリから多様なコロナウイルス遺伝子が検出され、現在では「哺乳動物に感染するαおよびβ亜科のコロナウイルスは、元々はコウモリと共生していたコロナウイルスに由来する」と考えられている(Cui et al., 2018, 業績3)。SARS-CoV-2の出現についても、コウモリが重要な役割を果たしたことが想定されるが、出現経緯の詳細は不明であり解明が望まれる。

 コウモリは、コロナウイルスの他にもニパウイルス、エボラウイルスなどといった多くの越境性感染症の自然宿主として注目されている。約5000種と言われる哺乳類の中で、コウモリ(翼手目)は1000種を超える種数を誇り、多くの病原体のソースとなる宿主動物として大きな存在感を示している(Wilson DE & Reeder DM, Mammal species of the world, 2005)。病原体宿主として重要な地位にありながら、十分な調査が行われてこなかった経緯から、申請者の渡辺はCOVID-19の出現以前(2000年代後半)から日本では先駆けて既知のコウモリ由来ウイルスの抗体調査を行ってきた(Watanabe et al., Comp Immunol Microbiol Infect Dis, 2010、他共著3報)またコウモリが保有するウイルスを網羅的に探索してきた(Watanabe et al., Virus Genes, 2009, Watanabe et al., Emerg Infect Dis. 2010 Jun, Watanabe et al., Emerg Infect Dis. 2010 Aug、他共著3報)。探索を通して、これまでに複数の新規コロナウイルス、およびヘルペスウイルスをフィリピン、ならびに和歌山のコウモリから発見している。

 特にコウモリコロナウイルス(bat CoV)は、世界中で遺伝子検出が報告されているものの、SARS-CoVSARS-CoV-2が受容体として使用するACE2を受容体として用いないものが多く、どのような分子を用いて細胞に侵入するか不明である。従って多くのbat CoVは、分離・培養することができない。そのためウイルスの性質や病原性を検討する研究が進んでいない。そこで申請者は、動物園の余剰コウモリを利用して、野外検体をコウモリに投与する実験感染を行い、コウモリの中でbat CoVを限定的に増殖させて病原性の検討を行った(Watanabe et al., Emerg Infect Dis. 2010 Aug 引用数124)遺伝子検出に留まらず、コウモリと共生するコロナウイルスを分離・培養して解析する試みは、それぞれのbat CoVから、既知および未知の新型コロナウイルスが出現するリスクを把握する上で重要である。そこで申請者は、日本のコウモリから培養細胞を樹立して、同細胞を利用して、bat CoVの分離・培養系を樹立したいと考えている。

 一方で、コウモリから今後出現してヒトや動物の脅威となる新型ウイルスが、コロナウイルスであるとは限らない。よって未知のウイルスを含めて、コウモリが保有する病原体叢の全貌を明らかにしたい。しかしながら、申請者が過去に同一の着想を持ってコウモリ保有病原体叢の探索を行った経験から、こうした試行と、実際の“保有病原体叢の解明”には大きな隔たりがあることを強く意識している。例えば、日本ではコウモリは保護動物であり、多数のコウモリを捕獲する許可を取得するのは、生態系の維持の観点から容易でない。またコウモリの生息数の多い熱帯地域などの海外で採材を行う場合にも、時に数万以上の個体が密集するコロニーから1回の短期調査で100頭程度のコウモリを捕獲・解剖して検体を採取できたとしても、コロニーの中の氷山のごく一角を調べたにすぎないため、“病原体叢”の解明とはほど遠い。さらに膨大な検体数を確保しようと思えば現地への長期滞在が必要となり、多大な時間とコストを要する。加えて、申請者が過去に複数種のウイルスを検出した和歌山のひとつの洞窟では、現在ではコウモリの生息が観察されていない。これはひとつの原因として、捕獲数が考慮されていたとしても、度重なるヒトの侵入によってコウモリが滞在しなくなったことが考えられる。

 このように検体数を確保するための、度重なる調査は調査自体がコウモリの生態系を大きく攪乱する怖れも潜んでいる。以上のように、コウモリを捕獲・解剖して検体を採取するというような「侵襲的手法」では、コウモリの生態系を維持しながら動物集団全体の保有病原体叢を効率的に把握することは極めて難しい。そこで本研究では、コウモリの餌場や洞窟などのコウモリが生息する環境において、環境中からウイルスを採取してウイルスを濃縮・分離する非侵襲的な方法を確立することを研究の目的とする。具体的には以下の4つを研究期間内の目標とする。コロナウイルスの遺伝子は、コウモリの腸管や糞便から高い率で一般に検出されることから、「i)洞窟や餌場の地面にビニールシートを敷いてシート上に落下した糞便を採取して遺伝子の検出を行う」。コロナウイルスの遺伝子が検出できた場合には、「ii)少数捕獲したコウモリから培養細胞を確立して、同細胞を用いてbat CoVを分離する」。一方で、これまでに申請者や他の研究グループは、ニパウイルスが果汁、尿をはじめとする溶液中で非常に高い安定性を示すことを報告している(Fogarty et al., 2008, 業績4)。またニパウイルスに比較的近縁なパラミクソウイルス(多くはヒトに病原性を持たない)がコウモリの尿中から多くウイルス分離されている。そこで「(iii) 洞窟や餌場の地面にビニールシートを敷いてシート上に落下した尿を集めてパラミクソウイルスの分離を行う」。さらに洞窟内は密閉空間のため、ウイルスを含む糞尿に由来するエアロゾルが持続的に空間中に滞留している。そのため「iv)洞窟内の大気中からウイルスを濃縮して、ウイルス遺伝子を検出する」。

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