理学部・臨床生命科学科 講師 橋川 直也
臨床生命科学科 准教授 橋川 成美
臨床生命科学科 講師 山口 悟
臨床生命科学科 講師 長田 洋輔
応用物理学科 准教授 山本 薫
① 背景と経緯 熱ショックタンパク質とは、熱や紫外線など様々なストレスにより発現が誘導されるタンパク質で、分子量によりHSP25, 60, 72, 90, 105など数十種類に分類され、それぞれ少しずつ機能が異なる。近年、神経変性疾患であるポリグルタミン病モデルマウスにおいて、熱ショックタンパク質誘導剤を投与し脳内の熱ショックタンパク質発現量を増加させることにより、症状の緩和が見られたこと(Katsuno, 2005, PNAS.)、さらにアルツハイマー病モデルマウスにおいて、熱ショックタンパク質を過剰発現することにより記憶の低下が抑制されたことが報告されている(Hoshino, 2012, J. Neurosci.)。また、HSP22と呼ばれる熱ショックタンパク質はマウス海馬において神経の保護作用があることが明らかとなっている(Ramirez-Rodriguez, 2013, J. Neurosci.)。このように、熱ショックタンパク質は神経保護機能を持っていることは明らかになっていたが、精神障害に関与するという報告はなかった。 そこで申請者は、社会的問題となっている精神障害の1つであるうつ病に着目し、解析を行った結果、海馬に多く存在するHSP105の減少がマウスのうつ様症状発症と関係することを明らかにした(Hashikawa, 2017, Science Advances)。HSP105はタンパク質の間違った折りたたみ(ミスフォールディング)を修復する機能を持つことが知られている。これまでの申請者の研究結果より、うつ様症状がタンパク質のミスフォールディングにより引き起される可能性が示唆されたが、まだ推測の段階であり、うつ様症状とミスフォールディングをリンクさせる為には、さらなる解析が必要と考えられる。
② 研究機関内の目標 申請研究では、うつ病はタンパク質のミスフォールディングにより発症する、という「ミスフォールディング説」を、タンパク質凝集染色(アミロイド染色)、タンパク質二次構造解析法などを用いて証明する。
③ 特色及び独創性について うつ病は、モノアミンが不足することで起こるという「モノアミン仮説」が一般的に広く受け入れられ浸透しているが、モノアミン不足をターゲットとした抗うつ薬は、効果がほとんどないことが報告されている。うつ病の原因としてタンパク質のミスフォールディングを提唱した報告は今までなく、申請者が初めてである。また、うつ病を含め、精神障害は、単一ではなく様々な要因が複雑に絡み合って病態を引き起すと考えられている。しかし、本当に複雑なのであろうか?申請者は、すべての精神障害は脳の器質異常であり、その器質異常の原因はタンパク質のミスフォールディングではないか、器質異常を引き起す場所により様々な症状の違いが出るのではないかと仮説を立てた。新生タンパク質の30%はミスフォールディングをしてしまうということが報告されている。神経細胞では、他の細胞のように細胞分裂が盛んではない為、頻繁に細胞を作り直すことができない。よってタンパク質のミスフォールディングによる細胞死の誘導は、脳機能に致命的なダメージを与えると考えられる。しかし、現在のところそれを示す報告は無く、うつ病を含めて精神障害とミスフォールディングの関係性を解明することができれば、精神障害の新たなメカニズムを明らかにすることにつながると考えられる。