工学部 電気電子システム学科 准教授 麻原 寛之
理学部 基礎理学科 教授 森 嘉久
工学部 機械システム工学科 准教授 近藤 千尋
理学部 応用物理学科 准教授 石田 弘樹
津山工業高等専門学校 総合理工学科 教授 中村 重之
首都大学東京 システムデザイン学部 准教授 菅原 宏治
①背景と経緯
我々が使用する一次エネルギーのうち、有効利用されているのは4割程度であり、残りの6割程度は排熱として大気中へ捨てられている。学術的な議論は未だ続いているが、未利用エネルギーは地球温暖化の一因となっている。ここ数年においては大気中のCO2濃度が警戒線の400ppmを越え、今後の途上国の経済活動の拡大に鑑みたとき、先進工業国としてCO2削減技術を開発・実用化・提供することは重要であると考えられる。本観点から、工場や家庭で排出される莫大な排熱を有効活用するための熱電変換技術開発がすすめられている。
異なる金属または半導体材料を接合し、その接合部分に温度差を設けると電圧が発生する。このような、温度差から電力を得ることができる物理現象は、ゼーベック効果と呼ばれる。基礎理学科・森は、ゼーベック効果を応用した熱電池の開発に継続的に取り組んでいる。熱電池は、工場の排熱、自動車の排ガス、太陽熱、お湯からでさえも、温度差さえ設ければ発電可能な次世代のクリーンエネルギー発電デバイスとして注目を集めている。
世界的に熱電変換技術開発は、材料開発に極端に傾注してきた。出力が数ミリワット程度の熱電池に限り、微小電力で駆動する独立型のセンシング・無線通信システムへ5ボルト程度の駆動電圧を供給する用途で産業応用化が進んでいるが、最大600℃程度の高温環境で使用し、100W級の電力を発電する中電力用途の熱電池は未だ産業応用化が実現されていない。このクラスの熱電池の応用先として、工場・エンジン搭載自動車・船舶・宇宙ステーション等、様々な実用先があげられる。また、本研究テーマはここ数年間継続的にナショナルプロジェクトに採択され、精力的に研究開発が推し進められている課題の一つに数えられる。電気電子システム学科・麻原は、科研費採択課題にて得られた学術的知見をベースに要素技術を開発し、システムインテグレーションによる産業応用に到るまで、中電力用途熱電池の実用化に資する取組において熱電池とバッテリをつなぐ用途で使用され、熱電池実用化に必要不可欠な電力変換回路の開発に従事している。また、応用物理学科・石田は電力を有効かつ快適に利用するために「超低周波ワイヤレス給電」という特色ある非接触給電システムを開発している。
他方、エネルギーの生産・消費に係るライフサイクルの中で、CO2排出量と吸収量がプラスマイナスゼロとなることは、「カーボンニュートラル」と呼ばれる。化石燃料の代わりに、例えば間伐材・家畜の排泄物・食料廃棄物など、生物から生まれた資源(バイオマス)をエネルギーとして利用することは、CO2を吸収する木材などを原料とすることから、カーボンニュートラルに合致するエネルギーとなる。機械システム工学科・近藤は、バイオマスエネルギーの一種で、化石燃料に代わるエネルギーとして期待されるバイオディーゼルなどバイオ燃料の開発に携わり、植物油や動物性油脂の組み合わせ・分解・合成により、軽油(ディーゼル)に似た性質を持たせる技術を構築済みである。バイオ燃料は、ハイブリッド自動車など何らかの形でエンジンを搭載する車においても、一層の低いCO2化を図る燃料として注目度は向上しつつあるが、国内においては原料となる廃油はさほど多くはなく、藻油の検討や未利用廃油の活用検討がなされている。近藤は、その中でも特に未利用廃油、例えば含油排水中の油脂の燃料化の可能性を検討している。
②研究期間内の目標
以下、「熱電池」「電力コンディショニング」「エンジン駆動」「システム統合」の観点から研究期間内の目標を示す。
熱電池【担当:森、学外協力者:菅原】
基礎理学科・森は高圧技術を活用して、良質な熱電材料の合成に取り組んでおり、近年、MgH2粉末をベースに高圧合成した熱電材料のゼーベック係数が、これまで報告されているものと同等の性能を示すとともに、熱伝導率においては、1/2程度に減少することを明らかにした。この結果は、熱電性能指数(ZT)としては2倍に向上することを示すものである。一方、合成中に発生する水素と酸素が結合することにより、試料内に生成される欠陥点も散見されるが、詳細を明らかにするためには電子顕微鏡を活用したミクロな解析が不可欠であり、首都大東京の菅原(学外協力者)との共同研究で明らかにしていきたい。
本熱電素子を応用した排熱発電デバイスの試作は、昨年度までのプロジェクト(代表:麻原)により実施しており、エンジンの廃熱温度に匹敵する中温(500℃)領域で650mVの発電が可能な熱電池の試作に成功した。この発電電圧値は、熱電材料のゼーベック係数から試算される計算値とほぼ同等であり、実用化レベルでの応用が期待される。しかしながら現状のデバイスでは内部抵抗が大きいため、ある程度の電力量を取り出すことが困難な状態である。内部抵抗を小さくするため、高圧合成のプロセスにおいて熱電発電素子と電極を一体焼結することで大幅な改善効果が期待できる。これまでSPS焼結されたMg2Si熱電材料に対してNi電極とMg2Si熱電材料との境界にバッファ層を挿入することで、抵抗率が減少していることを明らかにしているため、本研究課題においても同様の手法で電極部を改善することで、実用化に向けたデバイス開発を実施する。そのための課題解決としては、電子顕微鏡を活用した電極部周辺状態のミクロな分析が不可欠であり、菅原(学外協力者)との共同研究により電極界面の状態を解明することで、デバイスの実用化を目指す。以上を踏まえ、プロジェクト期間内の目標を以下の通り設定する。
電力コンディショニング【担当:麻原・石田、学外協力者:中村】
熱電池が発電した電力を車載用の12Vおよび48Vバッテリに給電するためには、DC-DC コンバータを用いた電力コンディショニングが必要である。熱電池および DC-DCコンバータからなる排熱発電システムを車載化するにあたって自動車メーカーが求める条件は、300Wの電力取り出し量である。生産コストの問題もあるが、この数値目標が達成できれば自動車メーカーは排熱発電システムの車載実用化に向けて本格的に舵を切る見通しである。電気電子システム学科・麻原は、車載用排熱発電システムの開発に産学連携して取り組んでおり、トヨタグループ排気系車載用部品メーカー(株式会社三五)との共同研究を実施するに到るなど、これまでの取り組みが国内自動車メーカーから認知され始めている。
他方、森・菅原(学外協力者)らが開発を進める熱電発電素子は低電圧・高電流出力特性を有しており、熱電発電素子1本あたりの出力は50〜60mV程度であるのに対して、最大2Aもの電流が出力される。したがって、熱電発電素子を複数個組み合わせた熱電池は、熱電発電素子50〜100本を全て直列接続した構成が基本である。一方、車載化を想定したとき最大600℃にも達する高温環境に加え、振動環境も加わる過酷環境で熱電池の使用が想定される。森・麻原らが研究協力体制を構築する三重県工業技術センターにおいて、本実用環境を再現した発電試験を実施した結果、熱電発電素子または電極の一部が破損することによって電気的な開放状態となり、熱電池の出力が0Vとなることを確認済みである。この種のシステム全損は、実用化を妨げる本質的要因となるため、熱電発電素子の一部が損傷を受けても発電性能への影響を限定化させることを念頭においた、マルチノード出力モジュールによるフォールトトレラント設計が重要となる。そこで、平成17年に設立した「半導体ネットおかやま」の設立当時からのメンバーで、熱電池の開発に深い知見を有する津山高専・中村(学外協力者)にフォールトトレラント設計に係る協力を得る。
また、ここ数年間で家庭用コンセントを用いて EV を充電することが一般的になりつつある。応用物理学科・石田が開発を進める「超低周波ワイヤレス給電」は、従来法と比較して 1/200 以下の極端に低い交流周波数帯でのワイヤレス給電であり、本手法を用いて家庭用コンセントから EV の充電へつながる汎用的超低周波ワイヤレス給電装置の実現を目指す。以上を踏まえ、プロジェクト期間内の達成数値目標を以下に示す。
エンジン駆動【担当:近藤】
機械システム工学科・近藤が開発を進めるバイオディーゼルなどのバイオ燃料は、動植物油脂等の生物資源を原料とすることから大気中のCO2を増加させないカーボンニュートラルという特徴を有する。近藤は未利用廃油、例えば含油排水中の油脂の燃料化の可能性を検討しており、生成したバイオ燃料を用いて小型エンジンの動作確認も終え、その研究開発は実用化のフェーズに達している。一方、含油排水系バイオ燃料の実現性を明らかにする上で、「含油排水系バイオディーゼル回収時の残渣のガス燃料化」「ライフサイクルアセスメント評価」「廃油以外に用いる原料の低CO2化」の課題が残されている。以上を踏まえ、プロジェクト期間内の目標を以下の通り設定する。
システム統合
「熱電池」「電力コンディショニング」「エンジン駆動」の各取組項目にて得られた成果を統合する。EVの高電圧、12Vおよび48Vバッテリへの電力供給ラインを網羅した『岡山理科大学発の車載用電力供給システム』として、実用化への具体的道筋を示す。高電圧バッテリへの電力供給については、石田が担当する非接給電の研究成果が直結する。また、12Vおよび48Vバッテリへの給電については、近藤が開発を担当するバイオ燃料を用いて発電用エンジンを駆動させ、排熱を森が開発する熱電発電素子にて電力へ回生する。このとき、熱電発電素子の発電電力を増加させるために、菅原(学外協力者)が担当する電極設計が鍵を握る。他方、バイオ燃料は軽油(ディーゼル)に似た特性を示すことから、通常のガソリンを使用したエンジンと比較して、振動も大きくなると考えられる。そこで、熱電発電素子を複数個組み合わせて熱電発電デバイスを実装する際に、中村(学外協力者)の知見を活かした熱電池のフォールトトレラント設計を行う。こうして得られた熱電池の出力電力を、麻原が実装する排熱発電用電力変換回路を用いて電力コンディショニングし、48Vバッテリおよび12Vバッテリへ電力供給する。本システム統合にあたり、菅原(学外協力者)と中村(学外協力者)は、学内研究者(近藤:バイオ燃料、森:熱電発電素子、麻原:電力コンディショニング回路)が開発する各要素技術の橋渡し的な役割を果たし、システム統合の鍵を握る。プロジェクト期間内の研究成果目標を以下のように設定する。
③特色および独創性
気候変動にかかるCO2削減技術開発の観点から、特に欧州主要自動車メーカーから排熱発電の早期導入およびシステム開発の潜在的産業ニーズがあり、今後の世界的な自動車部品規格策定の観点からも車載システムを検討しているこの時期に、排熱発電システムの車載化に資する要素技術のイニシアチブをとるとともに、国内自動車メーカーを巻き込んで研究開発取組みを推進する必要があると認識している。主要な自動車開発地域である欧州・米国では、自動車における未利用熱再資源化プロジェクトがすでに推進され、EU第7次 Framework Program(FP7:2010~2016年、排熱電気変換産学官PJで95億円規模)、USエネルギー省 Waste Heat Recovery Program (2009~2015年、排熱電気変換産学官PJで45億円規模) により、従来型エンジン搭載車への排熱発電システム車載実装取組みが先行しているが、電気をさほど必要としないエンジン搭載車には高性能な排熱発電システムは必要なく、材料開発に主眼を置いた取組内容となっている。一方、今後主流となる電動車での熱電発電電力回生は、急激な電動化志向の開発に間に合っておらず、技術的優位性の担保は今後の開発競争に依る。
森および麻原は、所属する排熱発電コンソーシアムを通じて、「原料量産技術開発」「発電素子・モジュール開発」「排熱発電システム開発」の観点から中電力用途熱電池に係る研究開発チームを立ち上げ、公的予算による開発成果を産側へ展開し、産学連携プロジェクトの創出を実践しており、システムインテグレーションによる産業応用に到るまでの一貫した研究連携取組体制を構築済みである。これまでの研究開発において培った知見と既協力関係にある人的ネットワークを軸として本申請に臨み、得られた成果を今後の技術開発・産業応用へ展開可能な見通しを持っている。
石田が開発中の非接触給電システムは、従来法と比較して類似手法が見当たらない独自手法である。また、近藤が開発を進めるバイオ燃料は、国内において原料となる廃油がさほど多くはなく、藻油の検討や未利用廃油の活用検討がなされている。これまで含油排水中の油脂の燃料化の取組みとして、低温流動性や酸化劣化などの燃料性状の把握、廃油量規模の試算、軽油に対するエンジン性能の比較、 製造コスト評価、含油排水からの油脂回収・製造システムの検討などが実施されてきた。一方、バイオディーゼル製造時には副生物としてグリセリンが生じるが、これに加えて近藤が提案する含油排水由来バイオディーゼルの製造過程では、廃油以外にも有機物を含む固形残渣が残る場合があり、これらのバイオガス燃料化の可能性と活用法に関する検討はなされていない。更に、低 CO2 燃料を使うためには、少なくとも廃油回収時消費燃料以上の燃料製造量となること(ライフサイクルアセスメント)を検証する必要があるが、含油排水系バイオディーゼルについてはこのような評価はなされていない。
④協働効果
中村(学外協力者)は、平成17年に設立した「半導体ネットおかやま」の設立当時からのメンバーで、その後、以下に示す岡山県の特別電源補助事業の分担者として共同研究を進めている。また同氏は、元々太陽電池材料として使っていた銅と錫と硫黄の化合物を熱電にも転用し、低コストで大量生産が期待される Mg2Si を原料にした熱電発電素子と同様に、無毒で安価な元素で熱電素子の開発に従事しており、熱電発電モジュール化およびその応用に係る深い知見を有する。
菅原(学外協力者)は、中村(学外協力者)および本学の森、笠、麻原らとともに2001年設立の「排熱発電コンソーシアム」の特別会員として関わる。現在も、このネットワークをベースにして排熱発電の実用化に向けた取り組みを遂行している。
排熱発電システムの実用化を妨げる本質的要因の一つに、熱電発電素子にレアアースを利用することによる高コスト化があげられるが、両名と協働することにより、低い熱伝導率でゼーベック係数が高い、高品質な熱電発電素子を低コストで製造するための要素技術開発につながると考えており、本プロジェクトが社会に与えるインパクトの向上に直結する。
本プロジェクトメンバーである、近藤、森、麻原、石田らはバイオ燃料、熱電発電素子、電力変換回路、非接触給電の開発に従事しており、これらの要素技術はエンジンを有するシリーズハイブリッドEV をキーワードにシステム統合することが可能である。各研究者は、それぞれの専門分野において独自の取組を実施しており、個々においても興味深い研究内容を本邦の主要産業である自動車分野において今後主役となるシリーズハイブリッドEVへ焦点を絞り一本化することで、本学の研究開発に係る技術・知見を集結させ外部へ強くアピールすることができると考えている。システム統合にあたり、菅原(学外協力者)および中村(学外協力者)は学内に有識者が見当たらない専門分野から、近藤、森、麻原、石田らの要素技術をつなぐ橋渡しの役割を担う。