獣医学部 獣医学科 助教 児島 一州
獣医学部 獣医学科 准教授 小川 寛人
ミツバチの感染症は家畜伝染病予防法に規定される監視伝染病に含まれており、ミツバチは獣医学領域に密接に関連している。なかでも、バロア症は最も届出件数が多く早急な解決が求められる感染症である。バロア症はダニの寄生が原因と考えられてきたが、海外の研究報告から、ダニが保有する複数種のウイルスが真の原因であると見直されてきている。申請者らは、バロア症のミツバチからウイルスの検出を試みたが、既存の方法ではウイルス遺伝子を特異的に検出することが難しく、精度の高い新たな検出法が必要であると考えた。本研究では、バロア症関連ウイルスの高感度迅速検出法を確立する。そのために、ミツバチやダニを全国各地で採材し、国内で蔓延するウイルスを特定した後、世界中で蔓延しているウイルスの情報と合わせて、これらのウイルスを特異的に検出できる遺伝子増幅法を設計する。本法により、養蜂家に最も経済損失を与えているバロア症の早期対応が可能となる。本研究成果をきっかけに、本学が獣医科大学で唯一ミツバチ研究が行われている、また、ミツバチの知見を持った獣医師の育成を行う大学として知名度を獲得することに貢献できると考える。
①本研究の背景
ミツバチは養蜂振興法の下、農林水産省の管轄で取り扱われる唯一の昆虫である。家畜伝染病予防 法により、ミツバチの感染病が発生した場合にはウシやブタ、ニワトリなどの産業動物と同様に、発生予防および蔓延防止対策がとられるため、獣医学領域と密接に関係している。産業的には、蜂蜜や巣の原料である蜜蝋が有名であるが、野菜・果物の結実のための受粉媒介者としても重要な役割を果たしており、国内のミツバチ受粉による経済的効果は年間約2,000億円といわれている (農研機構技報 2022)。
ミツバチは女王蜂を中心としたコロニーを形成し、女王蜂の寿命である約3年間、コロニー維持のために植物の蜜や花粉を採取する。養蜂家および菜園農家の経済損失につながるのは、スズメバチ等の外敵や異常気象、感染症の蔓延によりコロニーの崩壊がもたらされる場合である。なかでも、感染症は発生予測が出来ない点や通年を通して発生する点などから、ミツバチ産業の経済損失の原因として大きな割合を占めている。
感染症の早期発見や蔓延防止は喫緊の課題であるが、行政 (家畜保健衛生所) の限られた人員での対応となるため、解決に至っていない。ミツバチ感染症に関する知識と対策を学んだ公務員獣医師が必要であるが、国内獣医科大学において上述の人材を育成できるミツバチを専門に研究する教員はいない。本学獣医学部は、公務員および産業動物獣医師の育成機関として重要な位置づけの新設校であるため、ミツバチに関連した研究は大学の特色となり、社会にも大きく貢献できると考える。
家畜伝染病予防法に規定されるミツバチの監視伝染病は5種類ある。その中で、近年圧倒的に発生数 (家畜保健衛生所への届出件数)が多く、経済損失をもたらしているのがバロア症である。バロア症は、ミツバチヘギイタダニ (ヘギイタダニ) の寄生で引き起こされる。巣内に侵入したヘギイタダニは、生育途中の幼虫に寄生して成長、繁殖を繰り返す。寄生された幼虫や蛹は羽化できずに死亡する。生存した場合も翅が縮れて飛翔できない個体や腹部が黒化して動作緩慢な個体になるため、植物の蜜や花粉を採取する事ができなくなる。ヘギイタダニは世界中に生息しているため、バロア症は養蜂家にとって最も解決・予防を急ぐ感染症となっている。バロア症の診断は、ヘギイタダニの寄生や縮れ翅または腹部黒化個体の発生をもって行われ、その対策はダニの駆除とされる。しかし、近年の研究では、バロア症の症状の重篤度に影響を及ぼす要因として、ヘギイタダニが保有するウイルスの感染が示唆されている (Piou et al, Parasit Vectors. 2022)。すなわち、バロア症の対策として、ヘギイタダニの早期発見および駆除のみでは不完全であり、ダニによって媒介されるウイルス (バロア症関連ウイルス)、さらにウイルスに感染しているものの症状を示さないミツバチ(キャリア)を早期発見する事が必要不可欠である。現在、バロア症関連ウイルスは少なくとも7種類が知られている。
バロア症関連ウイルスを正確かつ早期に検出する事が可能となれば、行政機関や養蜂家と共にミツバチコロニーでのウイルス蔓延拡大を防止でき、バロア症の予防対策となる。
②本研究の着想に至った経緯
研究者らは、準正課プログラムの養蜂関連学習プロジェクトにおいて、今治キャンパス内で養蜂を行いながらその生態や感染症に関する教育活動を行っている。実際に、2024年10〜12月にヘギイタダニの寄生と死亡蛹や縮れ翅個体、腹部黒色化個体の発生を経験し、バロア症として家畜保健衛生所に届け出た。その後、バロア症関連ウイルスの関与を調べるため、既報のPCR法 (Kitamura et al, J Vet Med Sci. 2021) を用いて、ウイルス遺伝子の検出を試みた。7種類の関連ウイルスのうち、Deformed wing virus (DWV) 遺伝子を検出するPCR法で、推定サイズと一致する遺伝子増幅が認められた 。シークエンス解析からも本ウイルス遺伝子であることが明らかとなったが、本法は標的遺伝子以外も検出しており(非特異的反応)、正確に関連ウイルス遺伝子を検出する事が困難であると考えられた。
公共データベースに登録されているウイルス遺伝子配列と、PCR法で用いた各プライマー配列を比較したところ、全体的に相同性が低かった。COVID-19でも経験したとおり、ウイルスは短期間に変異を生じ得る。日本でも養蜂地域ごとに異なるウイルスが循環しており、特異的な進化を遂げている可能性が高いと考えられる。しかしながら、データベースに公開されているバロア症関連ウイルスの遺伝子情報のうち、日本から報告されたものはその数が乏しく、ウイルス全遺伝子配列情報に至っては皆無であった。バロア症の対策のためには、国内で発生するバロア症についてウイルスの関与の有無を明らかにする必要がある。また、ウイルスの遺伝子配列情報を解明し、世界に発信することも必要である。
③本研究の目的と研究期間内の目標
養蜂分野で経済損失の大きな要因となるバロア症の発生および蔓延の防止をはじめとする対策の一助となるべく、バロア症の高感度迅速診断法を確立したい。
目的達成のために、以下の4つの目標を期間内に遂行する。