工学部 機械システム工学科 准教授 岩野 耕治
工学部 機械システム工学科 教授 桑木 賢也
近年、地球温暖化に伴い台風や線状降水帯の発生頻度が増加し、それに伴う災害の深刻化が社会的課題となっている。これらの気象現象の発達には海洋からの熱供給が不可欠であり、その鍵となる海面水温(SST)の高精度なモデル化が求められる。本研究は、海洋波が水面下の乱流混合に与える影響を解明し、気象・海洋モデルの精度向上に貢献することを目的とする。実施内容として、岡山理科大学および九州大学の水槽を用いて、造波装置・乱流生成装置を活用し、水面波が水面下の乱流に及ぼす影響を精密に測定する。熱膜流速計や粒子画像計測法を用いた高精度計測により、乱流のエネルギー散逸率を直接的に評価するとともに,砕波による気泡の影響も実験および数値計算により解析する。本研究により、台風発達の予測精度向上や防災・減災への貢献が期待される。
①本研究の背景と着想に至った経緯
海洋混合は、物質輸送や熱収支、気候変動に大きな影響を与える重要なプロセスであり、海洋循環や大気海洋相互作用の理解に不可欠である。特に、海面直下の混合層は、海上風、海面冷却、海面波に起因する乱流によって形成され、海面水温(SST)を制御する。混合層が深まると下層の冷たい海水が取り込まれSSTが低下し、逆に浅くなると海面での熱フラックスの影響を受ける水量が減少し、SSTの変化率が増大する。このように、海洋混合はSSTを決定する重要な因子であり、SSTは大気海洋間の乱流フラックスを通じて全球規模の気候変動に寄与する。
研究代表者の岩野は、近年、内閣府ムーンショット目標8高垣プロジェクトのPIとして、極端気象下での海洋と大気の相互作用の解明に取り組んできた。この研究では大型風洞水槽を用いた実験により、SSTを既知のものとして大気側の乱流熱フラックスの高精度モデルを構築化することができた。しかしながら、全球気候モデルにおいてはSSTの決定メカニズム、すなわち海洋混合モデルの精度が不十分であることが課題として浮かび上がった。
混合層の形成に効く海上風、海面冷却、海面波のうち、特に理解が進んでいなのが、海洋波による乱流混合である。乱流混合の強さは乱流のエネルギー散逸率として評価される。現在、海洋波による混合には、非砕波混合と砕波混合の二つの主要なメカニズムが提案されている(Babanin、 JGR Oceans、 2023)。非砕波混合は、水面波の軌道運動により乱流が強化される現象であり、砕波混合は水面波が崩壊し、そのエネルギーが乱流へと転換される現象である。このいずれも、その寄与の割合や支配的なプロセスは未解明である。特に、砕波混合時に巻き込まれる気泡が乱流を強化または抑制する可能性が指摘されているが、その影響を定量評価することは難しく、解明が求められている。
これらの課題を解決するために、これまで数多くの海洋観測が行われてきたが、時々刻々変化する自然環境中で信頼性の高いデータを得ることは未だに非常に難しい。そのため、室内実験が有効な代替研究手法となる。研究代表者の岩野は長年にわたり水槽を用いた実験を行ってきた実績があり(Iwano et al. Tellus、 2014)、さらに、乱流によるスカラー混合の研究に関連して、高精度な流動場計測技術を有している(Iwano et al. Exp. Fluids、 2021他)。また。プロジェクトメンバーの桑木は混相流の数値計算に長年取り組んできており、当該分野のスペシャリストである(Kuwagi、 Fluidization、 2003)。岩野と桑木のそれぞれが得意とする技術を組み合わせることで、波による混合の具体的なメカニズムを定量評価することが可能となると考えたのが本研究の着想に至った経緯である。
②本研究の目的と研究期間内の目標
本研究の目的は、海洋波が海面下の乱流混合に与える影響を解明し、混合層モデルの精度向上に貢献することである。これにより、海洋と大気の相互作用をより正確に再現し、台風や線状降水帯の予測精度向上につなげることを目指す。研究期間内では、特に機械的に生成された水面波が乱流のエネルギー散逸率に及ぼす影響を室内実験で高精度に計測し、その影響の大きさやメカニズムを明らかにすることを目標とする。また、砕波による気泡の巻き込みが乱流を強化または抑制するメカニズムを、室内実験と数値計算を組み合わせて解明することを目標とする。