獣医学部 獣医学科 講師 藤井 ひかる
獣医学部 獣医学科 講師 中村 進一
近年、新型コロナウイルス等の動物由来ウイルスによる人獣共通感染症が、公衆衛生学上の脅威となっている。仮性狂犬病ウイルス(PRV)は、従来ヒトには感染しないとされてきたが、過去10年間でヒトへの感染が疑われる症例報告が相次いでおり、いずれも致死もしくは後遺症を伴う重篤な神経症状を引き起こしている。しかし、現在これに対する有効な治療法は存在しない。本研究では、PRV増殖抑制効果を有する薬剤を探索し、動物モデルを用いた有効性の評価及び作用機序解析を行うことで、PRV治療薬を探索することを目的とする。本研究により、人獣共通感染症としてのPRV感染症の治療戦略確立に貢献するための知見が得られることが期待される。
①本研究の背景と着想に至った経緯
COVID-19をはじめとするヒトにおける新たな感染症の流行の発生頻度は近年増加しており、COVID-19のような世界的流行は約10年に一度の割合で発生しており、その傍らでエボラ出血熱、エムポックス等ヒトに重篤な症状を引き起こす感染症の局地的流行も頻発している。このような感染症の約75%が動物由来の人獣共通感染症であり、その発生数は毎年25億件、これによる死亡数は270万人と推計されており、今後も新たな動物由来ウイルスが人類にとって脅威となる可能性が高い。
仮性狂犬病ウイルス(Pseudorabies virus; PRV)はブタに流死産を引き起こし、仔ブタやブタ以外の動物に感染して発症した際には致死的な神経症状を引き起こすことから、獣医学においては重要な位置を占めている。しかし、ヒトには感染しないとされていたことから、医学上は全く注目されてこなかった。ところが近年、中国においてPRVに感染し、死に至るもしくは後遺症を伴う神経症状を呈する患者が立て続けに報告されており、新たな人獣共通感染症のリスク源として注視されている。PRVは治療法が確立されていないため、ヒトへより適応したウイルス株が出現した際には、致死率の高いアウトブレイクが発生することが危惧され、これへの備えが重要であると考えられる。
②本研究の目的と研究期間内の目標
本研究では、人獣共通感染症としてのリスクを有するPRVについて、有効な治療薬の探索を行うことで、将来的な治療戦略の確立に貢献し、ヒトにおける臨床応用への橋渡しとなる知見を提供することを目的とする。本目的を達成するために、以下の3つの目標を研究期間内に達成することを目指す。
i) PRV増殖阻害効果を示す薬剤をスクリーニングする。
ii)マウスモデルを用いて、候補薬剤のPRV感染に対する効果を検証する。
iii)抗PRV効果を示した薬剤の作用機序を解明する。