獣医学部 獣医学科 准教授 早川 晃司
獣医学部 獣医学科 講師 宮前 二郎
愛媛県立とべ動物園
獣医療では、ヒト以外の多様な動物を対象に診療・飼育管理を行う必要がある。しかし各動物の生理の違いにより、ある種で得られた知見を他種へ単純に外挿できない「動物種差の壁」が立ちはだかる。コンパニオンアニマルや野生動物では、生理機能や疾患機構の理解が死後解剖や限られた臨床試料に依存せざるを得ず、この壁を一層大きくしている。本研究は、犬猫の品種による樹立効率の差を規定する原因分子を同定し、様々な動物種で再現よく適用できる人工多能性幹細胞(iPS 細胞)の樹立法を開発する。さらに、愛媛県立とべ動物園を起点に日本動物園水族館協会と連携して希少動物においてiPS 細胞の樹立・品質評価・凍結保存まで一貫実施し、解析と保全を同時に支える「OUS Noah’s Ark」細胞資源基盤を整備する。得られたiPS 細胞は、肝・免疫・神経細胞などへの分化誘導により薬剤応答や病態の再現を可能にし、種特異的な動物医療の発展を大きく加速させるものである。さらに、希少種では遺伝資源を長期保存し、将来的に生殖細胞へ誘導することで絶滅リスク低減に資する基盤となりえ、生物多様性の維持という国際的課題の解決へと貢献していく。
①本研究の背景と着想に至った経緯
【実験動物以外では生体機能解析が困難】
コンパニオンアニマルおよび野生動物は、生態系維持の観点に加え、社会教育や地域文化など我々人類の生活には欠かせない極めて重要な存在である。しかし、実験動物以外の動物種においては、倫理・福祉・個体数の制約により、生体を用いた侵襲的解析や反復的な機能評価を実施することができない。獣医学分野における研究は死後解剖や限られた臨床試料に依存せざるを得ず、「細胞がどのように機能しているのか」「病態がどのように発症するのか」といった本質的問いを解き明かすことが困難である。
【他種の知見は参照できても、そのまま利用できない】
この制約は基礎研究の停滞に留まらず、獣医療の現場では動物種ごとの薬剤応答や病態の進行様式が十分に説明できないことにつながる。獣医学領域に「猫は小さな犬ではない」という格言があることは象徴的であり、細胞レベルの性質や制御機構には動物種差がある。
動物園で飼育される動物も含め、絶滅危惧種として多数がリスト化されている。保全のために必要な「繁殖・発生・免疫・代謝」等の基礎情報が不足しているにもかかわらず、希少種ほど採材機会は限られ、組織・細胞を安定的に確保することは容易ではない。すなわち、ヒトや実験動物の知見は参考となるものの、コンパニオンアニマルや野生動物の生理を説明し、医療や保全へ活用するためには、「細胞レベルで各動物種を理解する手法」を確立する必要がある。
【解決の鍵:iPS 細胞は“解析基盤”と“保全資源”を同時に担う】
人工多能性幹細胞(iPS 細胞)は、実験動物以外の動物種においても「解析可能な細胞資源」を確保しうる、現時点で最も現実的かつ強力な技術である。少量の体細胞から作製できるiPS 細胞は理論上、体を構成するすべての種類の細胞へ誘導でき、これまで解析不能であった動物種の「細胞レベルでの理解」を可能するだけでなく、種特異的な創薬開発のツールとしても期待できる。さらに野生動物では、将来的にiPS 細胞から生殖細胞 (精子と卵子) へ誘導することで、保全に直結する戦略的資源となる。
【未解決点:様々な動物種へ展開できない最大の理由】
現状では、犬猫や一部の動物種でiPS 細胞の樹立報告がある一方、実績のない・少ない (未踏の) 動物種に対して再現性高く樹立できる一般化された方法論は確立していない。動物種が変わるたびに培養条・因子組成の試行錯誤を一から行う必要があり、これが未踏・希少動物へiPS 技術を展開できない最大のボトルネックとなっている。
②本研究の目的と研究期間内の目標
本研究の目的は、高効率なiPS 細胞誘導技術を確立し、未踏・希少動物を含む様々な種においてiPS細胞を樹立して資源化することである。実験動物以外では生体を用いた反復的機能解析が困難であるという制約に対し、iPS 細胞を「解析基盤」と「保全資源」の両輪として整備し、動物種固有の生理・病態を細胞レベルで検証できる環境を構築する。具体的には2 年間で以下の2 つを達成する。
I. 犬猫をモデルとして品種間に存在するiPS 樹立効率の差を手掛かりに、効率差を規定する原因メカニズム(遺伝子・経路)を同定し、種に依存しない高効率なiPS 樹立法を確立する。
II. I の成果を利用して、愛媛県立とべ動物園および日本動物園水族館協会 (JAZA)と連携し、未踏・希少動物でのiPS 細胞を樹立するとともに、品質評価と凍結保存を一体化した資源化を進める。
以上の研究を推進することで、iPS 細胞プラットフォームを基軸とした「OUS Noah’s Ark (OUS 細
胞バンク)」拠点を開設し、岡山理科大学が動物創薬開発、生物保全での中心となる基盤を構築する。