工学部 応用化学科 教授 古賀 雄一
獣医学部 獣医学科 教授 作道 章一
①本研究の背景
近年、感染制御や衛生管理が大きな社会課題となっている。医療施設(総合病院、クリニック、歯科、耳鼻科、検査機関など)、食品加工現場(加工プロセス、パッケージング、調理施設)全般で感染制御、衛生管理の目的で「洗浄」が重要な技術として位置づけられている。例えば、医療施設では患者に使用された各種の医療器具は多くの感染性物質で汚染されており、一連の再生処理工程の中で最初の洗浄は、その後の消毒・滅菌の質を大きく左右する。また、食品加工現場では様々な食品由来成分による汚れの確実な除去が、食中毒発生の防止、アレルゲンの混入防止の観点から必要とされている。これらを解決する手段として酵素(プロテアーゼ)を有効成分とする洗浄剤が有力であるが、酵素(プロテアーゼ)の安定性が不十分であるために、殺菌・静菌効果を示すような高度洗浄は実現できていない。その原因としては、使用温度上限(60℃程度)が殺菌効果を示すには不十分であること、および、既存の洗浄用酵素が化学反応性の高い殺菌剤と併用不可能であることが考えられる。もし、80℃以上の温度領域における酵素洗浄が実現すれば、洗浄効果の大幅な向上のみならず、病原体の不活化効果も得られる。医療器具や、食品加工機器、調理器具において、高度な一次洗浄を実施することは高い安全性を担保するために必須の技術である。高温(80℃)、中性pH で使用可能な酵素洗浄剤は新たな市場を形成する製品となる。
②本研究の着想に至った経緯
研究者代表者らは、鹿児島県小宝島の熱水硫気孔から単離した超好熱菌Thermococcus kodakaraensis KOD1 が高活性耐熱性プロテアーゼTk-SP を産生していることを明らかにしている。この耐熱性プロテアーゼTk-SP は100℃の高温、pH12 の強アルカリ下、5% SDS、6M GdHCl、8M Urea 存在下など極めて強力なタンパク質変性条件で高い酵素活性を示すことから、物理的かつ化学的極限条件下での活用が可能と考え、このプロテアーゼを有効成分とする「超洗浄」技術の確立を着想した。
③本研究の目的と研究期間内の目標
本研究では、Tk-SP を有効成分とする「超洗浄」用洗浄剤により、抵抗性病原体を不活化できることの実証を目的とする。抵抗性病原体とは、右の表に示すように、医療現場における洗浄不活化工程を経ても除去しにくい病原体の事である。中でもプリオンは、ヒトのクロイツフェルトヤコブ病(CJD) やウシのBovine Spongiform Encephalopathy(BSE:いわゆる狂牛病)の病原因子で、物理的・化学的処理に対して最も抵抗性が高い最強の病原体である。
本研究では研究期間終了までに、「超洗浄」によって最も洗浄不活化が困難なプリオンタンパク質をターゲットとして、分解洗浄が可能なことを実証する。具体的には、1 年目に、マウス脳ホモジネートなどの生体試料中に含まれるプリオンタンパク質の分解を実証するとともに、医療器具などを模したステンレス表面に残留したプリオンタンパク質の検出法を確立する。2 年目には前年度に確立した手法を用いて、Tk-SP を有効成分とする洗浄剤で、ステンレス表面に残ったプリオンタンパク質除去を定量的に実証する。