工学部・生命医療工学科 教授 内貴 猛
工学部・生命医療工学科 教授 猶原 順
工学部・生命医療工学科 准教授 神吉 けい太
工学部・生命医療工学科 准教授 松浦 宏治
技術科学研究所 講師 岩井 良輔
細胞や細胞からなる組織を体内に移植して病気を治療するのが再生医療である。現在の再生医療では万能細胞や分化した細胞を患部に移植する治療やシート状に培養した細胞を患部に貼り付ける治療が行われ、従来の薬品による治療では治せなかった疾患でも治療することができるようになった。今後はより多くの疾患の治療に応用するための研究が進められていく。事故などで筋組織が欠如した場合には厚みのある筋組織が求められる。筋組織に限らず、心臓や肝臓、膵臓等を再建するためには5 mm以上の厚みのある組織が必要とされる。厚い組織を作製するためには中心部に酸素や栄養分を行き渡らせる工夫が必要である。そこで、血管内皮細胞を混入して組織中に毛細血管を自発的に形成させて厚い組織を作製する研究が多く行われているが、毛細血管らしき構造ができるのに時間がかかるために、現在研究されている技術ではせいぜい1 mm程度の厚さが限界であり、5 mm以上の厚さの組織を 人工的に作製する技術は未だにない。そこで本研究では、独自の考えにより厚さ1 cm以上の巨大筋組織を作製する 技術を開発することを目的とする。
巨大筋組織を作製するには以下の5個の技術を開発する。全ての技術は他者の研究にはない独創的なアイディアで構成されている。
(1)足場材料の開発 厚みのある組織を作製するにはコラーゲンなどで厚みのあるゲルを作製し、それを足場とし
て細胞を培養する。血管内皮細胞をゲルに混入し、流れの刺激を与えるか酸素やグルコースの濃度勾配を作製するとその血管内皮細胞が凝集して管状の構造を形成する。しかし、血管内皮細胞がゲル中を移動するのに時間がかかるため、予め毛細血管の様な管網を有する足場材料を作製して使用すれば、早期に毛細血管を作製することができると考えられる。
(2)培養容器の開発 巨大組織を培養容器に接着させずに培養液中に浮遊させなければならないのはもちろんであるが、巨大組織を定期的に伸展させることにより組織中の培養液の流動を発生させ、酸素と栄養分を組織の中心に効率的に供給できると考えられる。また、そのための培養容器を開発する必要がある。
(3)細胞の改質 巨大組織の中心部を壊死させないためには、組織中に酸素と栄養を送り届けるとともに細胞自身の酸素利用能を高めることが重要である。細胞のミトコンドリア活性を高めることにより酸素を使った好気的なエネルギー生産を促すことができる。ミトコンドリアを増やすことは筋肉の分化をも促進させ、収縮機能をより高める効果が期待できる。
(4)培養液浄化方法の開発 巨大組織中には大量の細胞が存在するため、培養液中に老廃物やエンドトキシンなどの毒素が溜まりやすい。老廃物や毒素を浄化・排出する培養システムを作製して使用すれば細胞の生育環境を良くすることができ、巨大組織を作製できる可能性が高くなると考えられる。
(5)効率的細胞分化方法の開発 筋組織は筋芽細胞をゲル等の足場材料中に大量に増殖させた後にその細胞を筋細胞に分化させることにより作製する。培養液中に混入する血清(細胞増殖作用がある)を減らして筋芽細胞を分化させる方法が用いられているが、効率が悪く、多くの筋細胞を作製するには時間がかかりすぎる。血清中には細胞膜を維持するのに必要なリポ蛋白も含まれているため、それが少ない状態が長く続くと分化した細胞も死んでしまう可能性がある。そのため、力学的刺激、化学的刺激等により効率よく筋芽細胞を分化させる方法を開発する必要がある。
以上の課題を各教員が有するシーズを活用して解決し、最終的に開発した技術を組み合わせることにより巨大な筋組織を作製することを目指す。本プロジェクトから巨大組織の培養法に関する基盤技術が確立されれば、筋肉だけでなく、現在臓器構築の研究が進む肝臓、膵臓、腎臓、腸管、中枢神経系など幅広い分野に対して有益な情報をもたらすと考えられ、その研究意義は深い。