獣医学部 獣医学科 教授 神田 鉄平
情報理工学部 情報理工学科 教授 大山 和紀
獣医学部 獣医学科 講師 杉本 佳介
獣医学部 獣医学科 助教 望月 庸平
獣医学部 獣医学科 講師 久楽 賢治
獣医学部 獣医学科 助教 糸井 崇将
①本研究の背景と着想に至った経緯
犬および猫の心臓疾患は決して珍しいものではなく、特に高齢の動物ともなれば、程度の差こそあれ何かしらの心臓疾患や異常を診断されると言っても過言ではないほどに多く発生している。2023年に実施された保険会社の調査(*)によれば、心臓疾患は、8歳以上の高齢犬における疾病発生数では2位となっており、死亡率としてみた場合では、心臓疾患の一つである弁膜症が3位を占めている。犬や猫といった動物の疾病にも、一時的な下痢や嘔吐といった軽微な疾患や、皮膚疾患のようにほとんどの場合で生死に関わらないものも数多くあるが、心臓疾患はこれらと異なり、動物の死因となり得る疾患であり、その治療が生涯にわたるという、家族にとって極めて深刻な特徴を有している。このような特徴を持つ心臓疾患を適切に治療していくためには、多くの疾患と同様に心臓の異常を、”早期に”かつ”適切に”診断することが何よりも重要となる。幸いにして、獣医師が心臓疾患に立ち向かう武器が聴診器と心電図のみであった時代は過去のものとなり、現在では高度な心臓超音波検査(心エコー検査)が犬や猫でも可能となっている。これにより、診断精度は飛躍的に向上し、過去には発見すら不可能であった心臓や血管の異常をつぶさに検出、評価できるようになった。当然これは、早期発見に貢献し、そのまま治療成果へとつながるものである。しかし、ここに大きな問題が発生した。
心臓超音波検査の高度化に伴って、手技の習得にかかる時間的あるいは経済的コストが増大し、習得が困難となってしまっているのだ。実際、本学でも心臓超音波検査に関わる実習は設定されているが、一学年140名に対して、練習に用いることのできる犬は8頭程度であり、超音波診断装置も数台を企業の厚意による貸し出しを受けて数を賄っている状況である。しかも、生体を用いている以上、無制限に練習をできるわけではない。しかしながら、全国的に見れば、これでも恵まれている方であり、一台が1000万円を下らない機器を数多く導入・管理するのは決して容易なことではない。さらに近年では、倫理的な観点から、獣医学教育における生体利用に対して厳しい視線が向けられてきており、将来にわたっての生体を用いた実習・訓練の実施は困難なものになりつつある。獣医師には、適切な心臓超音波検査を実施できることが望まれる一方で、手技習得のための生体を用いた練習機会は減らすことが同時に望まれるという、この相反した社会的ニーズを解決することが、獣医療の持続的な発展には不可欠であると我々は考えた。
近年の情報科学技術の発展は目覚ましく、また関連する機器の導入や運用の観点からも、その敷居は大きく下がってきている。これら技術を利用し、一部では獣医学教育に関連したシミュレーターも開発されつつあるが、市販されるに至ったものはなく、少なくとも動物の心臓超音波検査の手技を訓練するためのものは世界中をみても存在しない。そこで、我々は岡山理科大学の擁する情報理工学部との協働により、動物を対象とした心臓超音波検査の教育用シミュレータの開発と、獣医学教育への導入を計画するに至った。
②本研究の目的と研究期間内の目標
ハンドトラッキングデバイスを応用した獣医学教育用心臓超音波シミュレーターの開発ならびに、獣医学教育における教育効果の測定が本研究の主たる目的である。研究期間内には、試作機の開発を完了させ、獣医学生を対象とした教育効果のうち、特に一定水準の手技習得の可否について検証を行いたいと考えている。