理学部生物化学科 助教 森田 理日斗
理学部生物化学科 講師 猪口 雅彦 理学部生物化学科 助教 福井 康祐 理学部生物化学科 教授 南 善子
①背景と経緯 極限的な乾燥ストレスに晒されても、耐乾燥性の乾燥体 (休眠状態) や種子へと形態変化することで、一時的に代謝を停止し生命を維持する生物が存在する。この乾燥体化のメカニズムには、浸透圧変化への適応や、細胞内のタンパク質の安定化など、重要なストレス適応機構が内包されていると考えられる。我々は、その未知システムの解明と応用を目指し、真正粘菌 Physarum polycephalum を用いて蓄積分子の特定を試みている。現在すでに LEA タンパク質等の蓄積や、二糖類であるトレハロースの蓄積の確認に成功している。さらに、トランスオミクス解析を進めており、網羅的な機能性分子の同定を目指している。 ②研究期間内の目標 真正粘菌 Physarum polycephalum をモデル生物とし、生育状態、乾燥体のトランスクリプトーム解析、プロテオーム解析を行い、転写物と発現タンパク質の経時的な量変化について網羅的に解析し比較する。これにより、乾燥耐性に大きく関わる要因の全体像を把握することができる。現在、簡易的な解析によりすでに、タンパク質安定化に働く LEA タンパク質や、トレハロース合成系酵素、シャペロンの増加が確認できており、新たに発見されるであろう酵素も含め、これら鍵酵素についてクローニングを行いその機能解析を行う。植物の種子においても、真正粘菌のトランスオミクス解析から乾燥に関わり得ると考えられる酵素や、種子に多く含まれることが知られる LEA タンパク質について、クローニングを行ない、機能解析を行う。また、遺伝子欠損株を作成し、同定した機能性分子の乾燥耐性への影響を in vivo で確認する。 応用面においては、本研究で発見した LEA タンパク質やトレハロース等の機能性分子を酵素反応液に添加することで、酵素反応を安定化させるか解析する。微生物を用いた有用分子発現系に、発見した機能性分子を共発現させ、宿主微生物の安定性を解析する。LEA タンパク質等の過剰発現から、カルスからの植物培養の安定化を試みる。また、タンパク質や食品等の保存性への影響を評価する。 ③特色及び独創性 乾燥耐性メカニズムの研究は基礎研究としての重要性だけでなく、水質汚染や砂漠化への対策、乾燥地での生物の育成への応用につながり得る点で意義深い。また、真正粘菌 Physarum polycephalum は乾燥体へと形態変化する原生生物であるが、これは巨大な多核単細胞生物であり、器官分化せず均一な細胞質を持つため、乾燥体化の分子機構の全容を解明するのに相応しいモデル生物であることを見出した。本研究では、世界初となる乾燥耐性生物の形態変化過程のトランスオミクス解析を行う点が独創的である。